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シドニー五輪・柔道100キロ超級で誤審の篠原信一がなぜ今、安曇野暮らし

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誤審背負い20年 柔道の篠原さん、なぜ安曇野暮らし

3/7(木) 7:47配信

インタビューに答える篠原信一(2018年12月、大阪市内のホテル)

2000年シドニー五輪の柔道男子100キロ超級で、誤審のため無念の銀メダルとなったのが篠原信一(46)だ。引退後は日本代表監督として12年ロンドン大会に臨むが、柔道男子で初の金メダルゼロに終わった。現在はタレントとして活動しながら、長野県安曇野市であこがれの田舎暮らしを考え始めた。アスリートの引退後をたどる「未完のレース」、スポーツライターの増島みどりが4回に分けて連載する。
◇   ◇   ◇
取材は、シドニー五輪(00年)の「世紀の誤審」でも、東京五輪を目指す日本柔道の可能性についてでもなく、「あこがれの田舎暮らし」と、意外なテーマで始まった。ホテルの椅子に大きな体を窮屈そうに収めながら、愛犬について「うちにはワンちゃんたちがいるもんで……」と、優しい表情を浮かべる。かつてのイメージとワンちゃんのギャップもまた意外だ。
柔道家・篠原信一はかつて、日本柔道界の屋台骨とされる最重量級をけん引し、08年北京五輪後には斉藤仁の後を受け、ロンドン五輪を目指す男子の代表監督に就任した。現役時代には自らの勝負について多くを語らず、誤審のためダビド・ドイエ(フランス)に敗れ銀メダルに泣いたシドニーでさえ、「誰のせいでもない。弱いから負けた」と残すのみだった。代表監督時代も「最後は根性」「気持ちが全て」と、コメントはさらに短くなっていった。
ロンドン五輪後柔道を離れ、タレントとして成功を果たした今、もはや柔道家としての顔より、明るいキャラクターや、率直ではあっても、周囲を立てる気配りのほうが周知されている。畳の上を主戦場としていた頃には想像もつかなかったような、おおらかで温かな空気をまとう理由は、勝負師ではなく、華やかなタレントとしてだけでもなく、自分にとってこれからの軸足となる本当の「居場所」を手にした充実感にあるのだろうか。

1999年の世界選手権では100キロ超と無差別の2階級で優勝した(英バーミンガム)=共同

■移住のため安曇野に民家を購入

昨夏、長野県安曇野に、現在住む奈良から将来移住し、田舎暮らしを始めるために古民家風の二階建て物件を購入した。
「安曇野は四季がはっきり感じられて、景色は何にも遮られず本当に広々としている。恋するように気に入った場所です」。恋するように……こんなロマンチックな表現をする人物だったのかと、また驚かされる。
移住を考え始め、友人や関係者に物件探しを手伝ってもらいながら北海道から北陸まで、5年ほどかけて、一昨年やっと安曇野にたどりついた。
ロンドン五輪後、柔道の一線から引き今後の暮らしを模索していた頃、妻からこんなふうに言われたのだという。
「嫁さんに、あんたは性格が悪いんやから、ウチの花壇でいろんな植物でも育ててちょっとはエェことやってみたら?と言われまして。それで子どもたちと一緒になって、花の苗や、野菜も作ってみようと土いじりを始めたんが最初です。作って収穫して晩ご飯に出す。食して育てる。それが本当に楽しくなって、家庭菜園から将来はコメ作りも目指して畑仕事をもっとやりたい、そう思うようになったんです」
移住を雄弁に語る様子が信じ難かったのと同様に、チューリップやパンジーを植え、きゅうりやトマトも収穫するため家庭菜園で腰をかがめている様子もなかなか想像がつかない。しかし勝負師の隠れた才能を見抜き、それをユーモアたっぷりに、「性格が悪いんだから」と促した妻に、鮮やかな「一本」を取られた格好なのだろう。
安曇野なら畑仕事に打ち込む土地も確保でき、仕事で東京を往復するにも車で5時間ほどとそれほど遠くはない。柴犬とゴールデンレトリバーの「ワンちゃん」たちも伸び伸び遊べる。自然に囲まれた周辺には、ヤマメが泳ぎ大好きな釣りを楽しめる美しい川もあり、夫婦でバイクツーリングするにも魅力的な山道ばかりだ。中学校と小学校に通う2人の男の子も、自然の中での暮らしを喜んでいる。現在は主に週末を過ごし、将来の移住に向けて少しずつ準備を始めている。
地元で大きな話題になった一方で、「時々遊びに来るだけだろう」と、別荘を購入したのだと思われていた。しかし真冬にまきストーブに使うためのまき割りを黙々とする姿など、移住への思いが歓迎され、早くも地元タウン紙からは連載執筆を依頼されている。
46歳の働き盛りに田舎暮らしを決めた理由を「会社勤めならいずれは定年を迎えて、そこから次の暮らしの準備を始める。でもどうせ準備をするなら、元気で体が動くうちに始めたほうがいい。じっくり考え準備すれば、思い切ったチャレンジもできますから」と話す。自身でのコントロールが困難だった波乱の柔道人生とは違い、自ら選び、準備できるようになった人生の楽しさをかみしめているかのようだ。

「柔道の才能なんてこれっぽっちもありませんでした」と語る篠原(18年12月、大阪市内)

■「運」はあったが「縁」がなかった

柔道を始めた雲雀丘中学(神戸市長田区)の頃から、オリンピックに行こうなどと大それた夢は描いていなかった。そもそも、体格の良さで柔道に誘われて始めてみたものの、どうしたら辞められるかを毎日考え、練習をサボった。そのため高校進学は考えず、就職するつもりでいたところ、同じ神戸市長田区にある私立・育英高校柔道部の有井克己監督に才能を見いだされ誘われた。
高校では有井に厳しい指導を受け、高校最後のインターハイに出場。決勝トーナメントに進出するが敗退したため、今度こそ高校で辞めるつもりで就職を考えた。しかしまたも、柔道を続けるよう説得する有井を通じて天理大に進学する。日本を代表するトップ選手たちが在籍する名門に混じったが、その先に五輪があるとは考えていなかった。
「自分には、柔道の才能なんてこれっぽっちもありませんでしたからね。オリンピックに行けるなんて思ってませんでしたし、康生(井上康生=現・日本代表監督)やヒロ(野村忠宏=天理大後輩で五輪3連覇達成)のような柔道家と自分は全く違う。ただ、才能もない自分を、オリンピックの大舞台で戦わせたいと諦めずに、見捨てず、厳しく指導してくれた先生方に恵まれました」
全国大会での優勝は大学3年の全日本学生選手権が初めて。遅咲きは、その後、ゆっくりと花を咲かせるが、それでも社会人2年目で迎えたアトランタ五輪には出場できず、シドニーでついに五輪代表の座をつかむまで時間はかかった。
「先生方の指導に恵まれる『運』はあったけれど、オリンピックには結局『縁』はなかったんかもしれません」
00年9月、27歳で迎えたシドニー五輪100キロ超級決勝で背負った「誤審の篠原」という看板の重みは、20年がたとうとする今も、全く変わっていないのだろうか。

(スポーツライター 増島みどり
篠原信一1973年1月、神戸市長田区出身。中学1年より柔道を始める。高校まで無名だったが、天理大に入学してから頭角を現す。95年同大を卒業後、旭化成に入社。98、99年、2000年の全日本選手権で3連覇したほか、99年世界選手権では100キロ超と無差別の2階級で金メダルを獲得した。日本男子が重量級で優勝したのは五輪、世界選手権を通じて8年ぶりだった。00年のシドニー五輪では、誤審によりフランスのダビド・ドイエに敗れて銀メダルに。内またを透かして投げたにもかかわらず、これが逆に相手の有効とされた(大会後、国際柔道連盟はドイエの有効にポイントを与えるべきでなかったと結論づけた)。01年の全日本決勝で6歳下の井上康生に敗れ、同年の世界選手権では銅メダル。02年に母校である天理大の監督に就任、03年に引退を表明した。08年には斉藤仁の後を継いで男子柔道日本代表監督に就任。直前の北京五輪で金メダル2つだった男子柔道の再建を託されたが、12年ロンドン五輪は初の金メダルゼロに終わった。責任をとる形で辞任した後は、タレント活動や後進の指導に取り組んでいる。身長190センチ、体重105キロ(現役時代は135キロ)。柔道6段。3男1女の父。
増島みどり1961年、神奈川県鎌倉市生まれ。学習院大卒。スポーツ紙記者を経て、97年よりフリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」でミズノスポーツライター賞受賞。「In His Times 中田英寿という時代」「名波浩 夢の中まで左足」「ゆだねて束ねる ザッケローニの仕事」など著作多数。「6月の軌跡」から20年後にあたる18年には「日本代表を、生きる。」(文芸春秋)を書いた。法政大スポーツ健康学部講師
アスリートの引退後をたどる「未完のレース」では、競泳の千葉すずさんも取り上げています。併せてお読みください。

【NIKKEI STYLE記事】
参照元/続きはこちら→:ヤフーニュース
URL:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190307-00000004-nikkeisty-bus_all

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mmm
あのオリンピックの判定について、抗議したりしてればその後のテレビでの活躍は無かったかと思う。
あれだけひょうきんなキャラなのに、勝負では審判が全てで負けと判定されたなら自分が弱かっただけとか、かっこ良すぎるでしょ。
でもそれって、ある意味柔道選手みんなそうなのかなって思うし、それがあるから日本の柔道は強いんだと思う。
名無しさん
私は生まれも育ちも安曇野ですが、四季と言っても半年間は冬です
10月から4月まで暖房が必要です
確かに景色は最高ですが、方言で言うととにかく凍みます
寒さが平気でしたら素晴らしいとこです
名無しさん
本音は違うかもしれないが、公のコメントの際に「弱いから負けた」これは日本人としては尊敬出来るコメントです。
今のテレビでの活躍も応援していますので頑張ってほしい!
名無しさん
ちょっと話ずれるけど、具志堅さんや篠原さんにしてもバラエティーでは面白い部分しか流さないから天然キャラの面白い人ってなってるけど、競技の記録や経歴は尊敬しかない凄い人たち。競輪の中野浩一なんて海外行ったらツールやジロに出てる世界のトップ選手がザワつく位のレジェンド。
剣鉄也
あの判定は確かにおかしかった。
ただ篠原さん本人があの判定に抗議せず、弱いから負けたと答えたことで、大事にはならなかった。
でもあの疑惑の判定があったからこそ、日本柔道はそれ以降の試合のスタイルを変えたといっても過言ではない。
試合に負けて勝負で勝つ。
篠原さんの銀はその後の日本柔道を変えた本当に価値のある銀だったと思う。
名無しさん
なんて謙虚な方。
第二の人生、素敵な花を咲かせて欲しいです。
ファンになりました。
安曇野の風景も大好きです。
自然と、詩季織々の風景が広がって素晴らしい土地に巡り会え、ちょっと辛口だけど、素敵な奥様と、幸せに暮らして、畑仕事頑張ってください。
名無しさん
現在は長野県在住です。
自給暮らしを目指してます。
コメ、野菜は基本農薬、化学肥料不使用
冬マキストーブです。調達が大変ですが
ガス代はほぼゼロ、暖かさは他のものより遥かに優れています。
どんなに寒くても、うちの中は暖かい
猫は伸び放題で寝ております。
周りには、空き家が沢山あります。
少しばかりの年金暮らしですが
身の丈に合わさて生活すれば、特に問題は無いように思います。
名無しさん
柔道や武道と言われるものは礼に始まり礼に終わるが基本であって本人の中では抗議したいという気持ちあったかもしれませんが、柔道というもを貫き通したかっこいい柔道家です。今ではガッツポーズする人がたくさんいますが、せめて日本人くらいは礼が終わるまではそれを守ってほしいです。今では大野選手くらいでしょうか。リオオリンピックでガッツポーズせずに最後まで武道を貫いた人は。。。。
mvs65000
外国人が誤審で負けたら、徹底的に抗議してボイコットするだろう。訴訟もするかもしれない。それが世界だしそんなもんだ。しかし日本人はそういうことはしない。そういう日本人の精神が体現されたものが柔道であり、またそうあるべきだ。しかしそれが日本の弱さでもある。外国人にはそれが理解できない。だからJUDOと柔道は分けるべきだと思う。柔道は体の小さな日本人が大きな相手を投げ飛ばす術なのに体重別にしたらもうそれは柔道ではない。JUDO選手がいくら頑張っても勝てないくらいに柔道家が柔道を極めればいいと思う。
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名無しさん
篠原さんに関しては柔道界のあらゆる犠牲になったイメージしかない。
監督にしても井上康生に渡すための繋ぎで、以前のやり方の不味さを指摘していたのにやらせてもらえなかった。そして、その時コーチだった井上康生に後を託した形になった。普通ならコーチも首でもおかしくないので、結局、篠原さんは貢献度は高いのに貧乏くじを引かされた感じになったと思う。
今はのびのびやられてるのでそれでも良かったのかも知れませんが。
名無しさん
当時日本人全員頭にきて悔しがった、
篠原本人だけが自責を表した。
自ら手本となり日本人の魂を感じさせた。
彼を誇りに思います。
私は彼にこそ国民栄誉賞を贈りたいです!
名無しさん
あの時、スポーツ担当だったNHKの有働アナが、
悔し涙を流しながら試合結果を伝えていたのが忘れられない。
アナウンサーが私情を挟むのはいかがなものかと賛否両論あったが、
代表選手がどれほど努力しているかを近くで見てきたからこその
涙だったんだと思う。
有働さんの話になっちゃった…
名無しさん
ある意味、あの誤審があったから今の篠原さんがあるんじゃないかな。
あの誤審のあとの潔い態度で人柄が出たし、誤審のおかげで知名度もぐんと上がっただろうし。
あれが無かったら、活躍は柔道界だけにとどまってしまったんじゃないかと思うから、篠原さんにとってはある意味プラスだったとも言えるんじゃないかな。
名無しさん
あなたは性格が悪いのだから、と毒つく奥さんこそが彼にとって真の神様かも知れない。人生なんて、いろいろある。面白い幸せな時間など限られた僅かなものだが、人はその僅かな時を手に入れたいが為に、必死に登り詰めようとする。
そこら辺までは、みんな同じ。
だから、これからの人生こそが、一人ひとりの個性と本気との戦い。
こんな真っ直ぐな人に頑張れなんて、無責任な言葉ははかない。あなたに負けたくないから奮闘する、とだけ言いたい。
名無しさん
彼が「ホンマに強かったらあそこから逆転できるんです。弱いから負けた、それだけです。」
と試合後に語っていたのを覚えています
当時中学生で柔道部だった自分は
「いやいや篠原!!抗議してくれよ!!判定めちゃめちゃだよ!!」
と相手選手や審判に押さえ切れないほどの怒りを覚えたのもはっきりと覚えています
記録よりも記憶に、
心に残った選手です・・・
柔道ファンからすれば、篠原さんのぶっ飛んだ性格は以前から誰もが知っていたことなのですが、後にここまでバラエティーで活躍するとは思いませんでした
もしかして篠原さんは金メダルを取った人生よりも
今の人生の方が経済的にも幸福的にも満たされてるんじゃないかな?
なんてふうにも思っています。
名無しさん
支えてくれてる奥さんが一番篠原さんの事を分かってくれてると思う。
安曇野は良い所だし、仕事と家庭を区別するにも良いかと。
優しさ穏やかさが増して良い仕事ができるといいですね。
名無しさん
今でもよく覚えてる。
あの誤審を、NHKのアナウンサーだった有働さんが涙を堪えながらニュース記事を読んでた姿を見て、私も涙が込み上げた。
彼は柔道に才能がないと言うが、あの負けへの潔さは真似できるひとはなかなかいないと思う。日本人の心の底にある「潔さ」「儚さ」を彼はそのまま持っている。時代が武士の時代や戦争の時代でも、やっぱり彼は大将になる人物だろう。
本当に強い人。明るさの中に何となく寂しさを感じる彼が、自然と共に生きることを決めた。彼の精神はさらに研ぎ澄まされてますます美しいものに昇華していく姿を、時々見せて欲しいものです。
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名無しさん
この人って、沖縄県の宮古島に家を持っていたと思ったけど、違ったのかな。確か体操の広末さんも宮古島に。僕もできることなら、宮古島にと思ってたから、羨ましい感じだった。安曇野にも2回行ったことがある。2回行ったのは、1回めでいいなあと思ったからに他ならないから、ここにも興味があるが、冬の雪で僕には無理。宮古島も2回行ったことがあるが、不便だってことと毎年巨大台風に襲われそうで無理。田舎ぐらいには興味がないが、どっちもいい所でしょ。満天の星を1度でいいから自分の目で見てみたいわ。
名無しさん
誤審の不運はあるが立派な銀メダリスト。問題なのは、日本という国はアスリートなど才能溢れる人材へのリスペクトがないよな。篠原さんはまだいいわ。代表監督になり、自らマスメディアへの道を切り拓けたから。でも、代表監督なんてポストは1つだし、マスメディアの世界が不得手な人もいるし、そもそもなんでメダリストが芸人のような仕事をしないといけないのか。芸人がダメなのではないがアスリートとしてきわめても仕事がないよな。
ま、だからイチローも松井も錦織も大坂も松山も、海外での居場所を作っているのかもな。
名無しさん
選手時代は暴れん坊だったが、柔道を離れていろいろ経験されたようで丸くなったようですね。
柔道やめたかったというのは今になったからこそ言えることですね。
名無しさん
弱いから負けた、とはなかなか言えない。
どう見ても誤審だからな。
強い人だ。
名無しさん
最近あまりテレビで見ないと思ったら、なんと移住されていたんですね。
日本男児の典型であり、ユーモアもあって素晴らしい方だと思います。
誤審のことを表立っては何も語りませんが、仲の良い人と酒を飲むとめちゃ言うそうです。
そんな彼に好感を覚えます。
aki
私も都会から安曇野に4年前に家族で移住しました。水、空気、景色の素晴らしさ、犬の為に移住状態。庭にドッグラン作り毎日がパラダイス。冬も東京のような空っ風もなく湿度もあるので東京より寒く感じません。薪ストーブの炎は家全体が温かい。炎を見るのも安らぎます。篠原さんは時々、お見かけしますしますし長野放送では結構色々と出演されてます。
名無しさん
篠原さんと言えばやはりあの大誤審なんでしょうね、それについては今だに賛否の分かれるところですね、抗議しなかったのが潔いとする者もいれば、スポーツである以上審判の誤審も含めキチンと抗議すべき…スポーツマンシップ……スポーツ…
確かに柔道はスポーツなのでしょう…しかしそれ以前に武道なんですよ、武道とはそれすなわち戦における術なんですよ、武術…戦さ場において死に体が抗議できますか?篠原はんはスポーツマンでもありますが、それ以前に武道家なんです。だからこそあの場において抗議することなく受け入れたのでは?
武道はスポーツかもしれませんが…球遊びとは違うんですよ…
安曇野、景色が素晴らしく、田舎暮らし、別荘には静かでいいと思います。
でも、すっごく寒そうだし、田舎過ぎると飽きそうな感じはします。
畑やワンちゃんといっしょならいいかも!
篠原さんが安曇野でお住まいだったとは意外でした!
いいですね!
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名無しさん
海外に競技は普及出来ても、武道が本来持つその精神まで伝えるのは難しい…
篠原選手の五輪の誤審の件
彼が多くを語らないのであれば、我々が代わりに語っていきましょう。
真の金メダリストは彼であったと。
名無しさん
安曇野は良いところですが、関西にも大阪は勿論新幹線利用で東京へのアクセスも悪くない美しい田舎が多くある中で、よく思い切って遠方の長野県に移住しましたね。
若い時は都会は楽しいですが、歳を取ると田舎の良さを感じるのでしょう。
.
小さい中身に対して態度が大きい人はいっぱいいる。篠原さんは中身が立派なのに態度が庶民っぽいところ、面白いところ、笑いを取りに行こうとするところに好感が持てる。サービス精神が旺盛なんだろう。相当凄い人なのに、過去の実績にしがみつかず、テレビでは面白いおっちゃんの様に振る舞う事ができるのは、器が大きいのだろう。
名無しさん
以前、篠原さんがゲストで
子ども対象とした
体力作りのイベントに参加しました。
画面でみる姿と変わらず気さくで
子どもたち一人一人に
愛情を持って声をかけていただきました。
一見怖そうにも見えるけど、
そんな不安は、第一声で吹き飛びました。
今後もご活躍をお祈りします。
名無しさん
シドニーの誤審での敗戦後、続けて次の技を掛ける事の出来なかった自分の負けと言い、何一つ言い訳をしなかった。言い訳はかりの自分が情けなく感じ、事ある度にこの言葉を思い出し頑張って居ます。金以上に価値のある銀だと思う。
名無しさん
日本の柔道はポイントでリードしてようが最後まで一本取りに行く姿勢が好きだしやっぱり見てて面白い。篠原さんも御自身が仰ってた通り誤審に抗議することなく一本で勝てなかった自分の力不足を反省したからこそあの発言が出来たんだと思う。日本人の誇りです。
モンロー
あのシドニーの誤審試合、今でもよく覚えています。その後、言い訳がましい事を一切言わずにいた彼の姿も忘れられません。
言いたい事も反論したい事も怒りたい事もあったと思います。それをぐっと堪えた。男とは武士道とはこのことを指すのだろうなと教えてもらった気がします。
名無しさん
世界選手権で勝ってる実績もあるし絶対強いのは誰が見ても間違いない、偉人レベルですよ。
シドニーの時は運悪く誤審だったけど「自分が弱いから負けた」と言い切れるのは潔さと言う人も居るけど、強過ぎるが故の貫禄から発せられた言葉じゃないかと自分は解釈してる。
銀だと後進からは〝負けの美学”とか何か勘違いされる事が多くて、指導が上手く行かなかった可能性はあるよね。
いい嫁さんにも恵まれたようですし、篠原大先生ですわ。
名無しさん
仲介者は柔道レポーターで長野県ローカルタレントでもある松山三四六。篠原さんは良い縁に恵まれていると思うがそれも人柄のなせるわざであるだろう。
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名無しさん
抗議はしてましたよ、両手広げて表情で。
でも隣国人みたいにいつまでも居座ったりしなかった。
もつれて倒れたような微妙な態勢だったのを自分でも分かっていたのでしょうし、残り時間で投げ切れなかったし。
判定を覆すほどの確信はなかったのでしょう。
こういう潔さはサッカーとかでは国際的には損なのでしょうけど、武道なのだから美点だと思う。
それを理解する外国人選手も結構いる。ラシュワンさんみたいに。
あqwsでfrgthyじゅきぉp;
篠原さんのことはとても尊敬している。
タレントとしても、あんなに面白い人だとは思っていなかったので驚いています。人を笑顔にする才能に恵まれていると思うので、できれば隠居せずにちょくちょくテレビに出て欲しい!
名無しさん
2年位前に、私の自宅近くにイベントで来られたので少しお話ししました。
意外にも握手をしたら大きな身体なのに、とても冷たい手でした。謙虚で人柄も良く自分で車を運転して帰っていきました。
名無しさん
本人が選んだ場所だからいいんじゃないでしょうか。景色もよく、水や作物も美味しい場所を選んで良かったですね。
名無しさん
ただ、本人も言っていたが、監督は向いていなかった。選手が決勝で負けたら表彰式出ないで帰っちゃったり、選手に寄り添っている感じは無かった。その辺が井上康生監督と違うところなんだろうが。
ogipapa
篠原氏はオリンピックで金以上のメダルを取ったように思います。
日本人というものを感じました。
同じ柔道家の山下泰裕氏がオリンピックで金メダルを取った際の対戦相手であるエジプトのラシュワン氏。
彼も同じ金メダル以上のメダルをとったと思います。
日本人とアラブ人の心は近いものがあるのでしょう。
バイク野郎
テレ朝の番組での3ヶ月移住体験がほんとに良い経験と自信になったんだろうなぁ
確かあの時は沖縄だったけど
素直に羨ましいし心から応援したい
そして
あの番組がきっかけでシャ乱Qのまことも静岡の戸田にも一軒借りて、山梨とのダブル田舎移住生活するようになったし
ほんとに番組終わってしまって残念
同局の人生の楽園はここまま永遠に続いてほしい
田舎好き旅好きバイク乗りより
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名無しさん
間近で見ていた副審の1人は右手を上げて篠原の一本を宣してたんだよな。なぜ協議もせず、ドイエのポイントを認めたのか?素人だって背中から畳に落ちれば負けということくらい知っている。大事な舞台に技量の劣る審判を配すなどしてほしくなかった。篠原の潔さだけが救いだった。
名無しさん
せっかくですから安曇野に移住されたら是非とも道場を開いて地域の子供や青少年たちに柔道を教えてほしいですね。さらに都会から遊びに来る人たちも一緒に柔道や畑仕事、薪割りなどの体験が出来たり篠原さんと会話を楽しめるような施設になるともっと良いですね。
仮庵人
学年は1つ先輩だが同じ年に産まれてたと知ってびっくり。
もっと年上だと思ってました(笑)
ちなみに田舎暮らししてる理由も似てる。
年取ってリタイアしてから田舎に移住は辛いから、
若い動けるうちにさっさと移住しようと自分は10年ほど
前に移住した。同じように都会で野菜を育てようとしたり
土を作ろうとして失敗したりして。
団塊ジュニアと呼ばれる世代だけど、
ずっと競争の激しい世代だから、田舎に向かう人も
案外多いかもね。
名無しさん
安曇野とても良いところだと思います。
テレビではひょうきんなキャラだけど、内なるところは真面目なところもあって好感が持てます。
安曇野の生活も楽しめると良いですね。
名無しさん
篠原さんとは同級生ですがあのオリンピックで誤審を食らいながらも一切文句も言わず言い訳もせず負けを認めた姿をみて本当に尊敬しました。
自分も篠原さんみたいに強く優しく潔い人間になりたいです。
Bu
安曇野の地に惚れ込んだ人に、写真家の田淵行男さんがいましたね。元々は疎開の為に来たのが、この地の魅力に取り付かれ、終戦後もそのまま住み続けたとか。人を虜にするものがここにはあるのでしょうね。
名無しさん
「自分が弱いから負けた」の真意は誤審のあとまだ時間が1分ほどあったにも関わらず、誤審だから勝ったのは自分だと信じようとして何もしなかった事を後悔して、もしあの時気持ちを入れ替えて攻めていれば逆転出来たかもしれない。」と言う思いから出ている言葉なんだよね。
名無しさん
真相は知らないが、負傷した方を責めない方が有利なのでは?その方が負傷した足で踏ん張らないとダメになり、倒れる可能性が高くなると思う。
名無しさん
最近長野の番組によく出演してるなとおもったら
こういうことだったのね。
安曇野は松本がとなりだし観光地だから、
田舎つーても開けてるから新参者にはおすすめ。
よくわからん村になんて移住したらそれこそ村社会だからねぇ。
Bee????
篠原さんは、私の中では柔道家でもタレントでもない。
小鉄くんとニコちゃんのご主人!
凄くしつけもしっかり、愛されている二匹がこっちまで幸せになる。
多分…篠原さんの奥さんが素晴らしい人なんだと思います。
名無しさん
いまだに篠原はあの判定に不満の一言も言わないなー。誰がみても篠原1本なんだけどね。 後確か山下と対戦した名前は忘れたけど外国人 怪我した山下の足攻めないで戦った試合 これぞ柔道道だよね。
危脳丸
他人事ではなく、年金が少なくなるこれからの世代は、現金収入がなくても生きる方法を見出しておかないとエライことになる。食べ物は自給自足、必要なものだけ買うスタイルがベストでは。篠原さんの暮らしがうらやましいです!
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be
いろんなところに住んだりしたりする
いい意味での余裕があることがいいんだと思う。
で、またいいところがあれば移ればいいし、
年齢が行ったら、病院が近いところとかで、
都内に戻ればいいし。
ssd_unari
相撲も柔道も日本人の美学そのもの、日本の心だなぁ。篠原見てても貴乃花見ててもそう思う。
名無しさん
一切の言い訳をせず…
誰も責めず、ひたすら柔の道を歩いていらっしゃいました篠原先生。
後の監督の井上さんにも優しくおどけて話されますが、この人の本当の強さを知る人からは皆が尊敬の念を込めて向き合われます。
篠原先生これからも楽しく厳しくご活躍を期待しております。
名無しさん
抗議しなかったという人が多いけど・・・
講義はしたよね。両手を広げて・・・
畳の上でしか講義は認められないから。
しないわけがないです、あんな明確な誤審。ニュージーランド人の主審が「すかし技」の存在をまったく知らなかったとしか思えない誤審。
国際JUDO連盟も、日本の講義を受けて「誤審」を認めながらも、「畳を降りたら結果は覆らない」の規定をタテに、詳細を隠し、葬ることにばかり御執心で・・・
篠原も畳を降りてからは「自分が弱かった」の一点張り。
後に、史上最強の柔道家として山下康裕ではなくドゥイエを選んでいるわけだけれど、その決め手はあの”誤審の金メダルという落ちもある。
「誤審」の隠ぺいからの出来レースか??
競技人口で日本を越える大国ながら、あの判定のおかしさを、フランス人もドゥイエ自身も語ろうとしないのも変な話。フランス人よ、それが日本柔道を越えられない理由だと気づかないか・・・
名無しさん
篠原さんはバラエティーに富んでいて柔道している姿とのギャップに楽しませて頂いています。
人間性が素晴らしいのが画面に表れていて素敵な方ですね(^^ゞ
名無しさん
あのオリンピックでの試合はテレビで観戦していましたが、一瞬で決まるスポーツの判定は、審判の判断で行われていただけに当時、多くを語らなかった篠原信一さんにスポーツマンシップを感じたのはつい最近のような気がしてならない
最近ではバライティー番組や競馬番組などでちょくちょく見かけて、選手時代とは全く違った一面を見る事が出来て楽しかったです
そして生活環境を奈良から安曇野へと、おっしゃるように空気も水も、そして新鮮な高原野菜や温泉もたくさんあって良いところで僕も大好きな所です!
いわさきちひろさんの美術館もありますしね!
これからのご活躍に期待しています
名無しさん
明らかな誤審なのに「弱いから負けた」って、潔いし武道の世界では美徳とされるのかもしれないけど、この考え方が賞賛されてしまう日本の社会は少し怖い。
実際、仕事などでは他人のミスを被るのが美徳とされ、再発防止のために事実関係を明らかにしようとすると糾弾されたりするしね。
名無しさん
日本の武道は競技を通して
人として進む「道」を学ぶものだと改めて思いました。
人として間違っていないことをしていたら
必ず結果としてご本人に還元されてくるということを
お知らせ頂いた記事ですね。
ありがとうございます。
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毎日毎日 ルンルン夫人
様々に意見や思いは有ろうが 過去は過去 前を向いて突き進んで下さい 頑張って
名無しさん
この方は五輪の実績はともかく、戦略・戦術がなく精神論主体の方でしたから、日本代表監督になるべき人じゃなかったと思っています。
メディアのコメントは面白いと思いますので、これからも頑張って下さい。
名無しさん
柔道経験者です。
あの場面見てました。
篠原の技でもあるけど、自分も吹っ飛んでた。
向こうのポイントはひどいけど、大誤審とまでは言えない感じです。
篠原自身にも吹っ飛んでたイメージがあるから、えーッ!と言いながら、想定の範囲だったのかと思う。
絶対にありえない判定と思ったら、なんらか中断させようとしたかもしれないし、まあ、そんな微妙なシーンでしたね。
それが彼のその後のプラスになってると思うが、そういうのも人生のアヤでしょう。
一証言として。
名無しさん
悲劇の選手かもしれないが、指導者の資質は無く、日本柔道の低迷を招いた。
指導者に選んだ連盟が一番悪いけどね。
名無しさん
これは有名な試合で、日本人の選手は彼の有名な山下で相手はエジプトの選手です。これで山下が有名になったのかもしれない。これで柔道が
有名になったのかもしれない。
hk5200
あの判定は酷かった。「内股すかし」って技があるんだが、あれはまさに「すかし」の利いた一本だった。
ところでであの判定に対し柔道連盟は抗議はしなかったのかな。判定が変わる訳ではないが、審判の未熟さを指摘する為にも抗議してほしい。
緑のたぬき
そりゃあ、あの時のドイエのやられたって表情見ていたら篠原が勝ったの分かるし
さらに有働さんの涙にウルウルしましたが
名無しさん
現役オリンピック時に勝ち運がなかった事が、監督になっても運がなかった。
現井上康生監督とは本当に対象的ですね。
野球選手でも言えるけど、大概のプロ野球の監督は現役の時優勝経験があるからねぇ。
プロ野球ならソフトバングの工藤監督ですね。
サッカーの森保代表監督はJリーグでの優勝経験はあるけど、ワールドには行けなかったからねぇ。
名無しさん
篠原さんはとても素敵な人生を歩んでいらっしゃいますね。
やはり周りへの気遣いの出来る方はどんな世界でも信頼されて成功するんですね。
@aqu
いつもはひょうきんなキャラだけど、何の番組だったか、柔道のたくさんの技を間違いなく言われていた。
さすが監督までされた方だと改めて思った。
柔道界もいろいろ報道されたりしたが、離れたところで自然と生きられる方が、この方には合っているのかも。
奥様も地に足のついた方みたいだし。
nWo
競技だでねー。コーチングはあまりうまくなかったのは研究肌でなくて、天賦の才があったからだろうね
田舎暮らしは言うほど楽じゃないし、ちゃんと田舎のローカルルールを守っていかないと厳しいと思うよ
名無しさん
あの誤審を犯した審判・・・
あんな素晴らしい内股空かしを見たことが無かったんだろうと思うよ。
そうでなければ、篠原が気の毒。
名無しさん
オレも柔道家だったけど、たとえ誤審があっても、数秒後、鮮やかな一本!で勝てばいいだけのことで、それができなかったから、自分が弱かった、と思うしかない。
名無しさん
篠原さんが抗議しなかったのは、審判の判断が最も重いとしていたから。
もし、シドニーで金メダル取ってたら、今のテレビでの活躍があったかどうか…
mochan2015
松本市にも隣接しているので不便ではないと思う。しかし、自然だけを考えると、奈良も変わらないと思うけどね。
名無しさん
後に篠原さん本人が言っていたけど、誤診になる柔道をした自分が悪いし、その前に一本を取っていれば良かったんですと……



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